私に多大なる音楽の影響を与えてくれたのは吉田拓郎と加川良です。
音楽を作るレベルは拓郎のほうが上だと思いますが、フォークシンガーとしては加川良の方が上だと思っています。
最近NHKで拓郎のコンサートの様子が放送されました。喜び勇んで録画し、じっくりと見ましたが、正直変わり過ぎた味気なさを感じ一度見て削除してしまいました。
彼なりに色々チャレンジをしているのですが、ほとんどが私の思うものとかけ離れていってる気がして、数年前にコンサートに行ったときからそれを感じていたのが、今回の放送でそれは確信に変わりました。
人気からいえば加川良のほうが拓郎よりずいぶん劣るかもしれませんが、今二人がコンサートをやってどっちを見に行くかという選択があるなら、私は即、加川良を選びます。
彼の若かりし頃から変わらぬギタースタイルと歌い方が好きです。
大分県の左端のほうに中津江村というのがありました。(今は市町村合併で日田市になっています。)ワールドカップでカメルーンがキャンプしたところで一時期全国区になるほど有名になったところです。
この中津江村で以前「中津川から中津江へ」というタイトルをつけ、意気込んでフォークコンサートが開かれていました。そこに加川良が来るというので観に行ったことがあります。
田舎の野外コンサートでオープンな雰囲気 コンサートを終えた彼を追いかけて汗ばんで着たままのTシャツの背中に彼のサインを書いてもらいました。
私の一生の宝物です。
しかし、そのTシャツがある日突然消えてしまいました。 盗まれたか? まさか あんな汗くさいのを・・・・・・
母に尋ねると 汚いので洗濯したとのこと よく見るとTシャツが消えたのではなくサインの文字が消えたのです。
母に文句も言えずただただ、ショックを耐えていました。
今となってはそれも味のある思い出です。 by寅
*中津川というのは岐阜県で大きなフォークコンサートが以前行われていた場所の名前です。
2009 年 4 月 30 日 8:47 PM カテゴリー:スタッフ日記
なぜ中国やロシアは極悪非道な北朝鮮を支持するのか?
北朝鮮が最悪の国とわかってるのに、基本的に両国が支持を続けるのは共産主義というイデオロギー(思想の傾向)が同じなのでと思ってましたが、実は国益のためということを知りやっと納得することができました。
もし北朝鮮が韓国に吸収されたら現在の北朝鮮との国境沿いに自分らの国に向けてミサイル等の武器の配備をされてしまいますので、それに対抗する武器や人員の配備が必要になります。それは維持しつづける必要があり、膨大なコストとなります。
北朝鮮が今のまま残れば、基本的に同盟国なので北朝鮮が韓国や日本に向けてミサイル等の配備をしているので、自分らはいらぬ経費をかける必要がありません。
ただ、北朝鮮を経済的に自立できるような国家とはさせません。独裁国家なので、可能性は低いですが、自分らに不利益をもたらす国家にもなりかねないのです。だから、中国やロシアは北朝鮮を生かさず殺さず状態にし続けているのです。
北朝鮮は両国にとって国益から見ればとてもありがたい国家なのです。
このようなことがわかれば、不思議に見える両国の行動がよくわかります。そして、これが世界の実情です。
拉致の解決は北朝鮮を追い詰めるしかないのですが、人権を重要視しないこの両国が真剣に考えるわけもなく、まして、北朝鮮を追い詰めることに実質協力しない以上、悲しいですが、現実的には難しいと思います。
北朝鮮の指導者が変わるか革命が起きるか そして、日本でできる唯一可能性があるのはパチンコ産業をなくし、北朝鮮へ送金する資金源を完全に絶つことかもしれません。 by寅
3:34 AM カテゴリー:スタッフ日記
先日日田の大山町のこの花ガルテンというバイキングのレストランで腹いっぱい食事したあと、日田市の豆田町を散策し始めました。
この町は江戸時代天領であった日田の面影を残すものですが、九州の小京都というネーミングはちょっとどうかなと思います。正直あまりにも違いすぎます。
ネーミングで思うのは緒方町にある原尻の滝もそうです。九州のナイアガラとか東洋のナイアガラとか言われています。確かに凄い滝であることは認めますが、ちょっとオーバーではないかと思います。
まあ、大げさに言うほうが観光に対する効果は大きいのでしょうが、落胆する観光客もいると思いますし、実際、現地でそういう声を聞いたこともあります。
そんなことを考えながら歩いていたらトイレに行きたくなりました。満腹のあとですので、もよおしたのはもちろん大便です。公共のトイレを見つけ気持ちよく用を足しておりました。
そして、何気なくトイレットペーパーのカバーの内側を手でさぐると、びっくり!
紙が・・・ 紙がありません。 回りを見渡し在庫がないか探しますがそんなのどこにもありません。
ちょっとあせりましたが、携帯電話を思い出し、近くで観光している家内に電話をして紙を手配しました。
これほど携帯電話をありがたく思ったことはありません。 以前なら「紙がないので手で拭いた」となっていたかも・・ あ~恐ろしや
家内からはOKの返事だったので、安心しきって用を足していたら紙が届きました。
ポケットティッシュ一個です。紙は10枚程度しかなさそうです。「三枚に重ねて三回しか使えないなあ」とか考えてちょっと不安。
普段はトイレットペーパーは5回以上巻いて、しかも結構何度か繰り返して拭きますが、今回は薄っぺらでチャンスは三度だけ
多少違和感は残ったものの、無事完了となりました。 そして、ふっと昔を思い出しました。
まだ携帯電話が発売される前、とある会社の社長が自分の会社のトイレで私と同じ体験をしました。あせった彼は大声で呼びますがトイレからなので誰も気づきません。
次にトイレに来る人をひたすら待ち、やっと脱出することのできた彼は、事務の女性に八つ当たりしていましたが、その時、他の従業員がひたすら笑うのをこらえてるシーンを思い出しました。
先日地元のテレビに出てたのちょっと見かけたけど、広瀬舜一ちゃん元気にしてるかなあ? by寅
2009 年 4 月 29 日 3:46 AM カテゴリー:スタッフ日記
日田市の中に大山町というところがあります。名前のように山しかないようなところです。
三十年以上前、この町を通過したときに驚いたことがあります。
田舎の町に行くとその町の入り口にその町の特徴を表す看板をよく見かけます。「緑と水の町」とか「緑と神楽の町」とかそんな感じの看板です。
わが町 野津原は「緑と水の町」と看板に書かれてましたが、これなんて最悪と当時は思っていました。だって、緑と水って 「田舎で何もない」と言ってるようなものですものですから、何の広告にもなりません。 誰が考えたんでしょうか?
それが山しかないような大山町に行ったときの町の看板には「瞳は未来へ」と書かれていました。「緑と水の町」と比べるとむちゃくちゃかっこいいんです。
そこにこの町の意気込みを感じ、調べてたら一冊の本に出会いました。今は亡くなっていますが、当時町長であった八幡治美さんの「ウメ・クリ植えてハワイへ行こう」と書かれた本でした。この当時にこれだけ農業のことを考えてるなんてビックリしました。
30年以上も前に収入の少ない林業から脱皮するため、当時としては画期的な農業改革に取り組み、「一村一品運動」の先駆けとして全国から注目を浴びた町長であります。
ウメ、クリの後はきのこを手がけたりして、革新的な動きは今も継承されてるようで、それがこの花ガルテンにつながってるのではないかと思います。
町が生産、加工、販売まで一貫して行う体制はきっと全国でも見本となり、いい影響を与えているのでしょう。 このまま発展を続けてほしいと思います。 by寅
2009 年 4 月 27 日 5:00 PM カテゴリー:スタッフ日記
百花繚乱(ひゃっかりょうらん いろんな花が咲き乱れた様子)というほどではありませんが、今、我が家の庭には何種類かの花が同時に咲いています。
普段ならもう少し時期がずれて咲き、それぞれの花を楽しませてくれてたような気もしますが、こんなに一緒に咲いてくれ、こんな風景もなかなかいいものです。

中心にある赤い花はテッセンです。手前の白がマーガレット、奥の紫がアヤメです。写真には写っていませんが、つつじやカランコエも咲いてます。バラはつぼみの状態であと数日で開花するでしょう。
花は以前はほとんど興味がなかったんで、花の名前も知りませんでしたが、50歳前から興味を持ち覚え始めました。
テッセンは今年が一番きれいに咲いたような気がします。元々強い植物なので放っておいても花をつけるのですが、肥料をやったりして、愛情をかけて育てるとそれなりの答えをくれるようです。
ただし、人間と同じように愛情をかけたからといって、全部が全部うまくいくわけではありませんが・・・
テッセン 漢字は鉄線と書くそうですが、これは花の名前にそぐわない気がします。鉄線なんて鉄条網みたいな荒々しさを想像してしまいます。以前書いた「いぬふぐり」(犬の睾丸)といい、どうも日本の昔の方は花に対して、ちょっと配慮が足りなかったように思います。
百花繚乱は花だけでなく「すぐれた業績や人物が一時期に数多く現れること」という意味もあります。
わが社もそんな状態にしたいなと思います。 by寅
4:20 AM カテゴリー:スタッフ日記
最近なかなか忙しくてブログが書けません。
一度書かなくなるとついつい億劫になってしまうので、時間のとれるときは書き続けるよう努めたいと思います。
先週の新聞の朝刊に日田市前津江町の川津しゃくなげ園が満開と載っていたので早速行ってきました。


今まで庄内の黒岳や野津原の神角寺のしゃくなげを見に行ったことがあります。それなりに凄いのですが、見ても見ても同じしゃくなげばかり 見続けると飽きてしまいます。
しかし、ここは様々な種類のしゃくなげがあって見る目を楽しませてくれます。今まで見たこともない種類のしゃくなげがみごとに咲いていて思わずシャッターを切り続けました。
途中で出会った老夫婦にしゃくなげについて色々教えてもらいました。今まで見たことのない花は西洋しゃくなげだそうで葉っぱを見ればすぐに日本の石楠花と違うことを教えてくれました。
この老夫婦は毎年ここに来るそうで今年で5年目だそうです。あっちこっち見てまわったけどここが一番いいとのことでした。私もお気に入りのひとつに加えたいと思います。
こういう夫婦を見るとつくづく健康で仲良くすることが大切なんだなあと感じてしまいます。
その後大山町のこの花ガルテンで食事をしました。野菜を主体にしたバイキング料理の店で私ら夫婦のお気に入り 今回で3回目かな? 値段は1300円程度 福岡のからのお客さんが多くその日は30分待ちでした。
基本的に食べるために並ぶことは大嫌いですが、そこにはバイキング以外の店が何種類かあってそんな店を見て回ってると席が空いたことをワイヤレスのベルで教えてくれるので、並ぶ必要がないのが、待つのを許せるところでもあります。
店側からすれば、待つ間に他の買い物もしてもらって売り上げも上がり、お客様に嫌な印象を与えずに済むのでとてもいいアイデアだと思います。 待つ間にかりかりきて、その後の食事では、美味しいものもまずくなる危険性があります。
大分市明野にも同じ店ができましたが、私は行ったことがありません。なぜか日田のあの場所で食べることに価値をもってるように勝手に思っています。 by寅
2009 年 4 月 26 日 4:12 AM カテゴリー:スタッフ日記
私が酒を飲みに行くとき利用する店は会社の近くにある「有頂天」という店と由布市狭間にある「ぼんてんや」です。
いずれも家からちょっと遠く不便ではあるのですが、料理がおいしいのと手作りで、おいしい酒がおいてあるのが選んだ理由です。
私の店の選考基準の一番は手作りであるかどうかです。 それほど最近の飲食店は加工食品をよく使っています。それがわかるようになったので手作りの店しか行かないようになりました。加工品の多くは中国です。私はこの国の加工品を信用していません。
大衆レストランではないそこそこのレストランでも最近はこの加工品が出されるようになっており、がっかりします。さすがに、メインの料理は手作りですが、サブの揚げ物は間違いなく加工品で、ポテトサラダも海外で作られた冷蔵品です。
コロッケとか手作り風コロッケならほとんど多くが、中国で作られた加工品です。自分とこで作れば間違いなく手作りと表示するでしょう。
大分名物「とり天」は当然食べる人は大分県産の鶏肉を使ってるものと考えるでしょうが、実際は県外の鶏肉を使ってるケースのほうが多いと思います。親切な店は九州産鶏を使用と書いていますが、店によっては国外のものを使ってるケースもあるでしょうね。
たとえば ししゃもフライ 生産地はカナダ 加工は中国という風に袋には表示されます。 なぜカナダ→中国→日本という流れになるのか?不思議な気もしますが、人件費の安い中国で加工したほうがこんな無駄な流通をさせても、安くできるんでしょうが、石油くいつぶしと言えるでしょう。
しかもこのシシャモはすべて偽物ですから、悲しくなりますよね。もちろんスーパーで普通に売られてるシシャモもすべて偽物です。本物のシシャモはほんの少ししか取れませんので一般で販売されることはありません。
まあ、最初から偽物をずーっと食べてるんで違和感はありませんわなあ。
「有頂天」と「ぼんてんや」は店が狭くいつもいっぱいで、予約して行かないと時には悲惨なめにあいます。広くしてくれればいいのですが、手作りが基本なので仕方ないかもしれません。
冷凍食品等の加工品ばっかりを使えば誰でも簡単に店を出すことは可能でしょう。しかし、間違いなく価格競争にさらされ、悲惨な目にあうことは目に見えています。
居酒屋さんをやろうとするならそのへんにヒントがあるような気がします。
近くに手作りのおいしい店がほしいなあ
でも、遠いから頻繁に行かなくていいのかもしれません。 by寅
2009 年 4 月 15 日 8:21 PM カテゴリー:スタッフ日記
私の家の近くにトライアルという大型のディスカウントストアが先週オープンしました。
大分ではたぶん4店目 もともとは福岡がスタートだったと思います。
問屋さんに聞くと「九州で今一番元気のいい企業ではないか」ということでした。
以前に同じディスカウントストアのダイレックスの部長さんがトライアルができると周りにある自分の会社の店の売り上げが3割落ちると言っていましたが、今回はその言葉を目の当たりにするようです。
オープニング中はむちゃくちゃはやっています。とにかく価格は安いです。お客さんが欲しがる価格をよく捉えてると思います。
客層に太った人が多いのも特徴です。
激しいお客さんも多く、ショッピングカートに乗って悪ふざけをする自分の子供に対して、「そんなことしてたら、落ちて頭がかち割れて、死んでしまうぞ」と大声で言っていた母親がいました。
2階の衣料品の売り場では特売のブラジャーを中年のおばさんが体に着けて試していました。しかも、ほかのお客がたくさんいる目の前です。もう恥じも外聞もありません。 私のほうが恥ずかしくなってしまいました。
客筋はあまりよくないような気がします。
オープンして間もないのに、野菜売り場のたらの芽(てんぷらで食べるとうまい)がカビだらけになっていました。 忙しくて目が届かないのかもしれませんが、ちょっとひどい光景でした。
価格最優先です。中には「安かろう。悪かろう」もけっこうあるような気がします。
何でもかんでも安いものに飛びつくのでなく、しっかり見極めれば面白い買い物もできるかもしれません。
by寅
2009 年 4 月 14 日 5:09 PM カテゴリー:スタッフ日記
一昨日の朝左目の上に違和感を覚えました。てっきり、花粉症で夜中に目やにが出てそれが原因だろうとたかをくくっていました。
その日は少し腫れる程度でしたが、どうも、私の推測とは違い、目の病気と判断 仕事を終え眼科に向かいました。
むちゃくちゃ流行ってる病院で2時間待ちなので、予約し、いったん家に戻りました。
時間になって再度訪れ診察を受けると目の方には異常はなく、どうも虫刺されのようだとの診断
眼科でありながら、それなりの薬をだしてもらい、さすが、流行ってる病院は違うと思い、安心して家に戻りました。
しかし、その後腫れは増すばかり。後で帰ってきた家内は「凄い顔になってるなあ」と言います。
翌朝その腫れは更にひどくなり、ボクシングでボコボコに殴られた選手のまぶたの上下がぷっくり腫れてるシーンがありますが、左目はまさにそんな状況。
会社に行くとパートさんは 「おばけや!」とか「お岩さんや」とか「えらいひどく嫁さんになぐられたもんやなあ」とかゲタゲタ笑いながら好き放題言います。
9時になると近くの整形外科に直行 ここで見てもらえるかと受付で尋ねるとそれは皮膚科でしょう。と言うんで、皮膚科へ直行 しかし、その病院は昨日の眼科と違い患者が一人もいません。即診察をしてくれました。
大丈夫かなと思いながらも「溺れる者わらをもすがる」の気持ちで診察を受けました。昨日の眼科は最先端技術を駆使し、検査してくれましたが、この皮膚科は高齢の先生が虫眼鏡の大きなの一つで見るだけ
「どうしましたか?」と尋ねるので、「昨日、眼科で虫刺されだろうと言われました」と答えると 「そうか では虫刺されの薬をだしておこう」の返事で診察もいとも簡単に終わりました。
しかし、「餅は餅屋」 今朝はかなり症状は改善されてます。 ただ、完治ではありませんので、一抹の不安は覚えます。 どうなることやら 3番目の医者に行くようなことにはなりませんように。 by寅
2009 年 4 月 9 日 5:37 AM カテゴリー:スタッフ日記
先週、子供の進学のため引越しの手伝いをしました。
私らが進学したときとは随分違ってうらやましい限りです。私らが持っていったのは布団くらいで、現地で調達したのも生活できる最低限のものだけでした。
TVはないし、トイレは共同、勿論風呂なんてついていませんでした。木造で壁は薄く、酒を飲んで騒いでは、回りの住人からよく叱られたものです。
学生時代の引越しはリヤカー(写真)を借りてやっていました。誰も車も免許も持ってないので仕方ありませんが、よくやったなと思います。

それに比べると息子の引越しはうらやましい限りです。単身生活準備リストがネットで簡単に手に入るので、こちらでほとんど買い揃えてもって行き、それ程手間取らずに終了しました。 ただ、宮崎市までの往復は疲れます。
帰りの高速道路を運転していたとき 「大学生の一行詩」の一つを思い出し家内に話しました。
母よ アパートから見送る俺の姿が見えなくなったとたん、帰りの車の中で号泣したそうですね。その話を聞いたとたん俺のほうも泣きそうでした。
この詩のことを話したとたん家内は泣き出しましたが、涙を見せぬよう顔を車の横の窓に向けていました。
ちょっと可愛そうで、私のほうもつらくなりましたが、少しすれば落ち着き、いつものように、馬鹿話をしながら帰ってきました。
ぽっかり胸に穴があいたような寂しさはお互い感じています。大分に着いたとき、ちょっとビールでも飲もうかという話になり、スーパーでつまみになりそうな惣菜や刺身を買って帰りましたが、こんなときはそれほど飲めるものではありません。
我家には三人の子供がいてそれぞれ旅立って行きました。家内はそのたびにとても寂しい思いをしていたようですが、私は、自分でも以外な程に寂しさを感じませんでしたが、今回はちょっと違います。
何故なんだろうかと考えていて、思いついたのはゼロになったということ 一人去っても二人残ってる 二人去っても一人残ってる そういう安堵感があって寂しさを感じていなかったのかもしれません。 そして今回でゼロになったので感じた感覚なのでしょう。
胸にぽっかりあいた穴の感覚は当分続くかもしれませんが、これが親離れ子離れの第一歩でしょう。
当分の間、家内との二人暮らしが始まります。子供に対する思いは父親と母親では全然違います。家内の方が長く寂しさを引きずるでしょう。 当分喧嘩せずに明るく楽しくふるまおうと思っています。 by寅
2009 年 4 月 7 日 5:52 PM カテゴリー:スタッフ日記