学生時代にアルバイトでウグイス嬢(選挙カーに乗って一日中しゃべること?)をやったことがあります。友人と二人でのアルバイトです。
日当1万円+交通費+3食+宿+酒付 当時のアルバイトが日当5000円程だったので、条件は格段によくすぐ了承しました。
場所は広島県東広島市で市長選です。新幹線と電車を乗り継いでその街に着くと駅のすぐそばの白壁の向こうからから酒の匂いがプンプンしてきます。造り酒屋が並んでおり、加茂鶴とかの甘口の酒を造ってるところだったような記憶があります。
翌日から仕事の開始 朝一番駅に行き、通勤の人に向かって頭をひたすら下げます。その後演説できる時間がくるとそこで演説し、終わると家にもどり朝食をとります。食べ終わるとすぐ、選挙カーに乗りあっちこっちを回り昼になれば家に戻り昼食、食べ終わればすぐ出発 夜規定の時間までひたすらマイクで同じ内容の連呼
朝から晩まで友人と交代でひたすらマイクで連呼 車に乗って一日中しゃべってるのがこれほどきついとは夢にも思いませんでした。
友人以外交代要員はいないので、ひたすら友人と二人でやるだけ、ただ、その友人はもともと声がすこし、だみ声というか枯れてるというかかすれた声なので途中で声が出なくなり、終盤はほとんど一人で一日中しゃべらなければなりませんでした。
30年程たった今でもそのときのせりふをはっきり覚えています。一週間同じせりふを朝から晩までしゃべっていればアホでも脳にしっかり記憶させられるんでしょうね。
「8期27年間この道一筋の井林 文明 井林 文明をどうぞ よろしく お願いいたします。」
昼食時は少しビールも飲ませてもらえるんですが、それがいけません。午後一番の連呼はアルコールと強烈な睡魔で一度だけせりふを間違えました。立候補者は井林 文明なのですが同級生に菅原 文明というのがおりまして思わず、連呼してしまいました。
「菅原 文明 菅原 文明をどうぞ よろしくお願いします。」
立候補者からジロリとにらまれたのを今でも鮮明に覚えています。
本来ウグイス嬢は女性ですが、なぜ、私らが選ばれたかというとその立候補者は元々共産党の方だったのですが、党がいやになりそこから離れての立候補です。しかし、元共産党の方ですから、お金がなかったんでしょうね。企業献金とか袖の下とか絶対ありえませんからね。
まともにウグイス嬢を頼むと人数とかなりのお金がかかるんでしょう。体力だけが勝負の私たちが選ばれたんだと思います。それにしても、30年前とはいえ男のウグイス嬢(?)をよくやらせたなあと思います。 よっぽど困ってたんでしょうね。
仕事を終え翌朝名古屋に戻りました。数日後わずかの差の次点で落選との報告を聞き、アルバイトとはいえ申し訳なかったと思いました。
今週大分市議選があって友人を応援してたのですが、残念ながら落選してしまいました。
選挙の三ヶ月程前に選挙に対する取り組み方を彼に聞いてやばいと思い進言しました。「それでは当選は厳しいのではないか。どぶ板選挙というか、お前を応援してくれる人を集めて確定票を徹底的に確保し不足分をどう補うか早急に動いたほうがいい」と。しかし、彼は動きませんでした。
今夜はその残念会です。開票のときの暗い雰囲気を思うと正直参加したくありませんし、取り組みの甘さに対して文句を言いそうで怖いです。 明るい酒が飲みたいなあ。酒は程々にしておこう。 できるかな? by寅
2009 年 2 月 28 日 5:30 AM カテゴリー:スタッフ日記
花粉症 1月の中旬に突然花粉症のような症状がでてどうしようもなかったので、パートさんに鼻炎の薬を分けてもらい飲みました。強烈な薬で、初めて経験するような強い睡魔に襲われ家に戻る直前に車を止め1時間ほど眠ってしまいました。 その後は症状はでず、何に反応したのかわからないままでした。
2月の初めに花粉の観測がされたというニュースが流れました。今年は九州は例年の2倍の飛散量だとか。
そのころからヨーグルトを食べ始め、25日程過ぎました。ヨーグルトは一日に3~4回少量を食べます。結構効いてるようです。一月に病院で一ヶ月分もらった花粉症の薬は一度も飲んでいません。 ヨーグルトは少量(大さじ3杯)をこまめに食べたほうがいいような気がします。
一日おきに30分程度のウォーキングを行います。マスクも何もしませんので、家に近づくころ鼻水が出始めますが、家に戻って鼻水を数回かめば、治まります。
我家は家内も花粉症です。今まで私が色々チャレンジしているときにシラーっとした目で見ていた家内ですが、本来は私のほうがひどいのに、今回は症状が軽いので、昨日から家内もヨーグルトを食べ始めました。
酒は禁酒できた日は勝ち 飲んだ日は負け の勝敗表をつけていますが、今月は今のところ16勝10敗と楽勝です。やるときゃ~やるといばりたいのですが、実は風邪と選挙応援で飲めない日が続いたのが勝因です。 by寅
2009 年 2 月 27 日 4:43 AM カテゴリー:スタッフ日記
家内が福岡市博物館で行われている特別展平泉の入場券三枚をもらってきました。しかし、もらってきたのが、20日最終日が22日(日) 行くチャンスは今週の日曜日22日のみ でした。
私は「無理、無理」と答えましたが、家内はなかなかあきらめません。 「福岡の百道(ももち)という都市高速のインターで降りるみたい」とか言い出したので、「自分で運転して行くん?」と尋ねると「まさか運転できるわけない」の返事 その後もしつこく食い下がられ、結局つれていく羽目になりました。
入場券が3枚あったんで、一枚は不要 入り口近くで券を買い求めようとしてた人に声をかけ、差し上げたらえらい喜んでくれました。
そして、中へ入っていきました。最終日だからなのか結構混んでおり、前へ進んでいくのに時間がかかります。途中で家内とははぐれてしまい別れて見る羽目になってしまいました。
2023年世界遺産を目指しているだけあって内容は充実しています。国宝や重要文化財がたくさん展示されてて、木像の多さとすばらしさに感動しました。 奈良、京都以外ではそんなに見れない気がしました。
途中で家内とめぐり合いました。開口一番「くそべら見た?くそべら?」と大きな声で連発します。私も見ましたが、ちょう木(ちょうぎ)と書いてあったので「ちょうぎやろ?何度もくそ、くそと大きな声で言わんでくれ」と言うと「ちょうぎとはくそべらのことと書いてたよ くそべらと」と大きな声で言いますんで、頼むから小さな声で話してくれと頼みました。
そのちょうぎですが、大便が終わったあとに、お尻についてるウンチをぬぐう道具のことです。杉の木で作った長さ20cm程度のへら(細長く薄く削ったもの)で、使い終わると捨てるらしいです。 詳細がわからなかったので後でネットで調べたら、岩手では昭和20年ごろまで使われていたところもあったらしいです。
ただ、一度でぬぐいとるのは難しいので、何本か使っていたようです。 想像しただけで大変そうなのが解ります。私らが子供のときはちりし(落とし紙)がなければ、新聞紙を手で揉んで柔らかくして使ってたりしていました。トイレットペーパーが復旧しだしたのは30年ほど前のことでしょうか。
今はお湯でお尻を洗う時代です。便利になったものです。しかし、温水洗浄便座を使い続けるとこれがないと大便が出来ないという人も増えてるらしく、実は私もそうなりつつあります。温水洗浄便座でない便所での大便は文章には書けませんが、悲惨です。
本題に戻りますが平泉展は素敵でした。世界遺産登録され、昨年行った石見(いわみ)銀山は正直、世界遺産の乱発の一つではなかったかと思います。平泉の方が登録の価値はありそうでした。 勿論吉村作治のエジプト展は比較になりません。
岩手県にも行ってみたくなりました。展示物はあっちこっちに散らばっているので、短期間で観て回れるものではなく、これも定年後の楽しみにとっておこうと思います。 by寅
2009 年 2 月 25 日 7:27 PM カテゴリー:スタッフ日記
梅の花があちらこちらで見られるようになりました。桜ほどの鮮やかさはありませんが、質素で控えめな花と枝ぶりや幹の木肌が素敵です。何よりも桜にはない香りがいいですね。
東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
毎年この時期に最もよく読まれる歌だと思います。 菅原道真がいわゆる京都から大宰府に左遷されられるとき作った歌ですよね。かつて、私も若かりし頃、正義を貫くため、上司に逆らい左遷をさせられ、単身赴任をし、家族に迷惑をかけたことがあるので、いまでも心が痛む歌であります。
家内の実家は和歌山県の南の方の田辺というところ、南紀白浜の近くです。日本で有数の梅の産地です。和歌山県の梅生産量は日本一でシェアは60% その中で梅干の用の梅として最も美味いとされるのが南高梅(なんこううめ)です。果肉が大きくて柔らかいのが特徴です。大分を代表する豊後梅は南高梅をモデルに作られたのではと勝手に思っています。
昨年は中国の食品で多くの問題が発生したため、国内の梅の需要が伸び、品不足にまでなって、家内の親戚でも結構稼いだ家があるとのこと。
この時期に家内の実家に行けば、回りは梅の花だらけ 梅雨明けの時期に行けば天日干しの梅が所狭しといわんばかりにあちらこちらに広げられていて、見ただけで口の中に唾液が湧いてきます。
ところで梅干の色が関東と関西で違うのをご存知でしょうか?関西ではしそと一緒に漬けるので、赤くなりますが、関東はしそを使わないので茶色っぽい色になります。私は子供の頃から赤い梅を食べてたので、関東の梅にはどうしても違和感を感じてしまいます。口の中の唾液も赤い梅のほうが多くでるような気がします。
南高梅の名前の由来も面白いです。和歌山県の田辺市と隣の、みなべ町の南部(みなべ)高校で開発されたので南 高 梅 と名付けられたとのことでした。
1月に梅の苗木を買って植えました。 南高梅は植木屋さんで、小梅と白加賀はHCで買いました。植木屋さんで買った苗木は値段は2倍くらい高かったのですが、植木屋さんが自慢するとおり、根もしっかりはっており、今年もう花が咲きました。数年は成長を優先させるため、実がついたらすぐ落とすといいらしいので、実行しようと思います。後の2本はまだ、根付いたかわかりません。
五年ぐらいすれば収穫できるようになるので、自分で作った梅でおいしい梅酒を作るのが今から楽しみでなりません。 by寅
11:52 AM カテゴリー:スタッフ日記
昨年公開と同時に観に行きました。
おそらく、見終わってすぐに、もう一度観たいと思った映画はこれが初めてだったと思います。
笑って、泣いて、感動して 観終わったあとには心が暖かくなりました。
そして、何より良かったのは音楽でした。
多くの様々なコメントがありますが、音楽が最も良かったというのは私だけかなあ?
音楽好きの私にとって初めて聴いた曲でこれ程包まれるような優しさを感じた曲はほとんど無かったと思います。
主人公が川原のそばで雪山をバックにチェロでその曲を演奏するシーンがありますがとても素敵です。
その映画が昨日アカデミー賞の外国語映画賞を受賞したというニュースをラジオで聞き、思わず一人で車の中でガッツポーズをやっていました。
夕方トップニュースで流れてて、本木雅弘氏のインタビューシーンでは涙が自然と流れていました。
このおかげでまた世界中でこの日本映画が放映されるのでしょうね。 アメリカでは5月とからしい。
とてもうれしい 本当に多くの人に観てほしい。
最近は政治も経済も暗いニュースばっかりで落ち込みそうな気分でした。自民党を支持してるわけではありませんが、中川さんの酒に酔っ払ったインタビューのシーンが世界中を駆け巡り、見るたびにこれほど情けなく思ったことはなく、頼むからこの映像はもう流してくれるなとまで、なってる私の心をこの映画のニュースが救ってくれました。
あっちこっちのトップニュースでこの話題が取り上げられ嬉しい。 今日のワイドショーもこのニュース一色になるんでしょうね。 よかった よかった
世界のニュースも中川さんのは止めてこっちに変えて下さいね。 by寅
2009 年 2 月 24 日 5:04 AM カテゴリー:スタッフ日記
5年程前の話です。
友人が日田の旅館に泊まったとき、そこの下駄の履き心地がすごくいいのでどこで買ったのか教えてもらい翌日その下駄やさんを訪ねていました。
日田の豆田町を夫婦でブラブラしてたら、偶然にも、下駄を買いに行く途中の友人にばったり出会い事情を聞いて、同行させてもらいました。
そこは下駄を作ってるところで基本的には販売する店ではありませんでしたが、紹介者がいたので購入することができました。相撲取りの下駄も作ったりしているようですが、それ以外にオリジナルや遊び感覚の下駄もたくさんありました。
その店のおばあちゃん曰く「下駄の鼻緒を指で挟むのが、健康にいい」んだそうです。そのおばあちゃんは冬でも毎日下駄を履くのだそうで、見る感じ健康そのものです。年齢を聞いてさらにびっくりしました。
昨年秋 偶然見ていたNHKの旅番組にその下駄やさんが出てて、以前行ったとき下駄について細かく説明してくれたおばあちゃんが出演していました。 懐かしくて、そのすぐ後に日田に遊びに行った時、再び、その下駄屋さんに寄りました。
最初に購入した下駄がすっかり気に入り、「家に帰るとその下駄ばかり履いていたので、割と早く底はすり減り鼻緒もとれてしまったので、処分してしまった」とおばあちゃんに伝えると「ここで修理できるんだから持ってくればよかったのに」と言われてしまいました。 う~ん残念
夫婦それぞれ自分用の下駄を買い、それともう一つプレゼント用のも買いました。
実はわが社で事務をやってたMさん ちょっとつらい思いをして大分を去りました。補足しておきますが、決して会社が嫌だということではありません。個人的事情です。
大分のことは忘れたいと言ってたので、少しはいいこともなけりゃと思い、その下駄をプレゼントしました。家内が選んでくれた赤い鼻緒のかわいい下駄です。
実家に帰ってすぐにその下駄を履いてくれ、感謝のメールが届きました。
元気になってくれたでしょうか?幸せになってほしいなと思っています。 最後にこんな詩も添えました。
喜びの朝もある 涙の夜もある 長い人生なら さあ陽気に行こう
苦しいことはわかってるのさ さあ陽気に行こう
嵐吹き荒れても 望み奪われても 悲しみは通り過ぎゆく 陽も輝くだろう
陽気に行こう どんなときでも 苦しいことは わかっているのさ 陽気に行こう
オリジナルカーターファミリーの「陽気に行こう」 より 高石ともや 訳
by寅
2009 年 2 月 22 日 8:20 PM カテゴリー:スタッフ日記
毎日いろんな野菜の加工をしているのですが、結構捨てる部分がたくさんあります。
人参やジャガイモ、たまねぎの皮 白菜、レタス、キャベツの外葉や芯 かぼちゃの種や、端等々
捨てるのはもったいないので、何か使い道はないかと考えて、サファリパークあたりはどうだろうかとか考えたりしましたが、結局輸送の問題で話はボツになりました。
今日作業をしながら、ひらめいたのは高崎山の猿のこと。キャベツとかの葉物は無理だろうけど、かぼちゃなら食べるのではとフッと思ったので、ネットで調べてみたら、農家の方は結構猿によるかぼちゃ盗難被害を受けてるようです。 もしかしたらいけるかな。 ちょっとルート等考えてみよう。
そういえば最近は高崎山には行っていません。子供が幼いころはよく行きましたし、私の静岡の友人が遊びに来たときも連れて行ったことがあります。
静岡の友人はそこで逆立ちをしました。彼の名前は山崎 高(やまざき たかし) さかさまから読むと高崎山なのでどうしてもそのギャグ(?)をしたかったのでしょうね。アホであります。逆立ちの記念写真も撮ってやったような気がしますが記憶は定かではありません。
高崎山の猿を見るのは面白いです。半日いても飽きません。5~8月の出産シーズンは可愛い小猿がたくさん見れるので、その頃に行ってみたいですね。
中学生の頃、学校の近くに群れから離れたであろう大きい猿が現れたときは、びっくりしました。友達数人と一緒に追いかけていったら逆襲され必死で逃げた記憶があります。 学校の中までは入ってこなかったので、襲われることはありませんでしたが。
野生の猿を見たのはそれが最初で最後です。 by寅
2009 年 2 月 21 日 11:00 PM カテゴリー:スタッフ日記
問題は日本の若者たちです。男だか女だか分からない男が増えた。ナヨっとしていて、ピンタの一発でも食らわせようものなら泣き出しそうな男が多い。そして実に内向的。世界を見ようとしなくなっている。最近では世界を旅するよりも国内の温泉宿に泊まり一日中温泉に浸かってポケーとしている学生諸君が増えたとか。温泉旅館の女将さんが「私たちはそのような学生をポケー族と呼んでいますが、学生さんのお客さんが増えました。本当に一日中、温泉でポケーとしているんですよ」と話していた。 まあ~どうでもいいような話ですが、ただ1つ懸念すべきは学生含め若者たちから、エネルギー、独自性なるものを感じなくなっていました。 以上 野口健氏のブログより抜粋させていただきました。
先日いつものように車に乗ってたらビックリする光景を目にしました。なんと、高校生の自転車二人乗りで、女性が運転している。車でもデートで女性が運転をするのが増えてるのに抵抗を感じてるのに、自転車まで女性が運転するなんてどうなってるんだろう。 体位でもまさか女性が上になってるなんてことはないんでしょうか?そんなことまで心配してしまいます。
男性が小便をするとき、便器に座ってするケースが増えているそうです。男なら「小便は仁王立ちで堂々とすべき」と私は思いますが、何故、そうなるんでしょうか?
そんな弱い男がネットという顔が見えないところで、弱者に対して攻撃を行う。それは児童虐待でも同じことが言えるように思います。女性や子供を守るというのが私らの常識であるのに、どうにも変な世の中になってしまったような気がします。
若者の精子の数が減ってるとか言われていますので、本人が好きで女性化しているのでなく、何か原因があって、自然にそのようになってるのでしょうか?ニューハーフというかおかまというか、あんな感じの男が今後どんどん増えてくるんでしょうか?私はいやだなあ。どうも苦手です。 と書きながら はるな愛 だけは別です。
私らの十代の後半は性欲のかたまりみたいなものでした。五木寛之が本の中で「夜どうにも我慢できず股間に手がいくのが嫌でズボンの後ろ前を反対にして、はいた」と書いていましたが、偉い人は違います。私はそんな嫌悪感はありませんでした。
しかし、私の高校の息子を見てるととてもそんな性欲はあまり無く、ゲーム欲のほうが圧倒的に強いようです。いったい、何が原因なのでしょうか? 親?教育?食べ物?環境ホルモン?TVゲーム?
徴兵制を導入し徹底的に鍛え上げるとか学校の先生に多少の愛のムチを容認するようなことは必要なのではないでしょうか?殴らなくなったことで弱くなった→女性化 今はこれが最大の原因だと考えています。 by寅
2009 年 2 月 20 日 5:44 PM カテゴリー:スタッフ日記
私が社会人になったとき最初に本当の仕事を教えてくれ、一緒によく酒を飲んでた先輩が二年前に自らの命を絶ちました。本当に不器用な人で遊びのない仕事人間 理数系の頭を持ち、分析力は素晴らしいものでした。お互い子供が小さい頃はキャンプに行ったり、バーベキューをしたりと家族同士の付き合いまでしていました。
家を建て、子供はすべて独立し、今からゆっくりできる矢先の出来事 会社の方向性と自分の考えが大きく食い違ってきたのが原因ではなかろうかと推測します。仕事一筋の人だったので、つらかったんでしょうね。
先輩の墓は私の自宅から歩いて30分弱 私はウォーキングを兼ねて時々話しに行きます。と言っても一方的ではあります。
「俺もいずれそこに行くから待っちょって 毎晩一緒に酒飲もうな ただ、俺はやりたいことがいっぱいあるけん、30年はそっちには行けんけんな 気長く待っちょてな」なんて話します。
そんな先輩の墓には訪れるたびに生花が飾られています。今回は缶ビールも供えられていました。たぶん奥さんでしょう。愛されてたんでしょうね。いい奥さんがいるのに何故、こんな馬鹿なことをしてしまったんでしょう。悲しくもなってしまいます。
不思議です。自分では天国なんてない。死んだら全てが終わると思ってるのに墓の前に行くと勝手に話しかけている。う~ん矛盾だなあ。
テレビドラマとかで墓石に酒をかけるシーンがよくありますが、酒は墓石を傷めるので良くないらしいです。
でも、私が死んだら私の墓には時々酒をかけてほしいです。 それほど墓石は長持ちしなくてもいいので子供に頼んでおこう。 出来れば八海山か薩摩小鶴をかけてくださ~い。 家内に頼みたいのですが、家内は「私より先に絶対死んだらダメ 私の面倒を看てくれるのはお父さん(私のこと)しかいないから」と言いますので頼めません。
ところで、我が社にはビール狂が二名いますが、彼らは時々墓石にビールをかけてほしいといったようなレベルでは済まないかもしれません。
彼らは樽にビールを入れその中に墓石を漬けておいてほしいなんて、それくらいは考えるんではなかろうかと思ってしまう程にビール狂であります。
今も死んでからもまさにビール漬けです。 by寅
2009 年 2 月 19 日 9:37 PM カテゴリー:スタッフ日記
数日前、大分市野津原の役場の前の道を車で走っていました。手押し式の信号が赤になったので車を停止させると、おばあちゃんが私と対向車線の車に向かって頭を下げ、横断歩道を渡りはじめました。渡り終わったあと、また対向車線の車と私に向かって頭を深く下げました。「車を止めて申し訳なかった。ありがとう。」と心で言ってるようでした。
私はおばあちゃんに心の中で「そこまでせんでもいいんよ」と言いましたが、久しぶりにすがすがしい思いをしました。こんな人ばかりならそんなに争いごともないだろうにとも思いました。
挨拶といえば雄城台高校がダントツにいいと大分市内の高校に弁当を配達してた方が言っていました。実際私の子供が行ってるので、何度かそこに行ったことがあるのですが、坂道を車で登ってると、生徒がそこで立ち止まり、こちらに振り向いて頭を深くさげてくれます。思わず、こちらも頭を下げてしまいます。 勉強が全てじゃない。こんな時代だからとても大切なことのように思えます。
私の高校時代といえば 私は部活をやってて、上下関係はとても厳しく校内で先輩を見かければどんな遠くからでも、「チワーッス」と叫ばなければなりませんでした。それをやらなければ、ビンタが飛んできます。それは学校の外でも同じです。 ところで、 「チワーッス」は何かの略なんでしょう。「こんにちは」の略かなあ 意味も知らず使っていました。
一番恥かしかったのは部活の先輩が同じバス路線で帰ることでした。私の方が先に降りるのでバスの一番前から一番後ろの席にいる先輩に対して大声で「チワーッス」と叫ばなければなりませんでした。田舎のバスなので、周りは面識のある人ばかり、出来れば先輩と違うバスに乗りたかったのですが、田舎なのでバスの本数が少なくどうにも避けることができませんでした。 たぶん先輩も恥ずかしかったんではないかと思いますが、「止めろ」とも言えなかったんでしょうね。
(余談ですが、昨夜の大分のニュースのキャノンがらみの脱税で当時大分県警から私らの高校の部活に指導しに来てくれてた方が逮捕されていました。正直とても柄が悪くこの人ならありうるなと思いましたが、それでも県警機動隊のトップだった方なのでビックリしました。)
そんな経験もあってか、見知らぬ人に挨拶をするのは平気なので、ウォーキングをしてて、出会う人にはほとんどこちらから挨拶をします。7割程度の方が返事をくれますが、中には視線をそらし、いかにも挨拶をしてくれるなという人も最近は増えてる気がします。情けないなあと思うのですが、50~60代でも結構多いのです。
会社では仕事に没頭してたり、考え事をしてて、パートさんの挨拶を無視してしまったりすることもあります。そんな反省も含めてもう少し気持ちのいい挨拶をするよう心がけようと思います。 by寅
7:02 AM カテゴリー:スタッフ日記